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東京地方裁判所 昭和39年(タ)133号 判決

原告 小山喜久子

右訴訟代理人弁護士 頴川増福

被告 小山かずみ

主文

昭和五年七月四日志摩町長に対する届出によつてなした原告と被告及び同人亡夫小山五郎間の養子縁組は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和五年二月一二日当時本籍滋賀県甲賀郡石部村(現在石部町)大字石部四六七六番地三大寺本紹を父とし、本籍兵庫県加古郡尾上村今福五六番屋敷(現在加古川市尾上町今福五六四番地の一)福岡止子を母として、母の本籍地において出生し、同年二月二四日本紹により庶子出生届が提出され、同人の戸籍に入つたが、養育は母の許において行われていた。

二、ところが、本紹の妻ソデは原告を痛く僧悪し、戸籍が汚れるとの考えから、原告を戸籍から除却するための便法として養子に出すことをすすめ、原告が現実に実母福岡止子の許で養育されているにもかかわらず、同女になんの相談もなく、本紹及びソデが原告の代諾者となり、真に縁組の意思のない被告夫婦を説得して戸籍面上だけ養子縁組をさせることとし、昭和五年七月四日志摩町長に対し縁組届を出して、原告を移籍した。

三、福岡止子は右縁組届のことを知り、被告夫妻に籍を自分の許に戻すことを要請したが、被告らは原告の籍はソデから預つたものであるとか、代償金を支払えなど要求して応じなかつた。そこで福岡止子は原告に福岡姓を名乗らせる手段として原告を訴外山崎夫妻の嫡出子として昭和一一年三月一四日二重の出生届をなし、自己と養子縁組をなして、自己の戸籍に入れた。ところが昭和一五年頃右出生届のことを知つた被告亡夫小山五郎からこれを難詰され、結局原告は昭和三八年大阪家庭裁判所において山崎夫妻の子としての出生届及びこれに基く福岡止子との養子縁組の無効による戸籍訂正許可審判を得た。しかし原告はその間常に福岡止子とともに生活し、被告らと生活をともにしたこともなく、被告らとの養子縁組を追認したこともない。

四、以上の次第であつて、原告と被告らの養子縁組は代諾者である本紹、ソデ両者には、原告と被告ら間に親子関係を創設する意思はなく、被告らにも、原告を養子とする真意がない縁組であるから無効である。

仮りに右が理由がないとしても、右縁組の代諾者となつたソデには右縁組についての代諾権はない。よつてこの点において無効である。

と述べた。

被告は通常の方式による合式の呼出を受けたにかかわらず本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

証拠≪省略≫

理由

各その方式、趣旨から真正な公文書と認め得る≪証拠省略≫によれば、原告主張の請求原因第一項記載の各事実、並びに原告が昭和五年七月四日その代諾者を三大寺本紹、同人妻ソデとし、被告及び被告の夫小山五郎(昭和二〇年四月八日死亡)との間に養子縁組をなし、志摩町長宛その旨の届出をなしたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

≪証拠省略≫を綜合すると、三大寺本紹は原告出生後間もなく庶子出生届をなしたため、原告は本紹の戸籍に入籍したが、本紹の妻ソデは原告を憎み三大寺家に庶子を残しておくことは家柄のうえから許されないとし本紹に対し執拗に原告の除籍方を要求したこと、本紹は原告の籍を出すことは本意でなかつたが、感情の強いソデの言に押され、被告の夫小山五郎を呼び寄せ、事情を明かして原告の籍を預つて貰う趣旨のもとに、原告を被告ら夫妻の養女とし入籍させることとし、昭和五年七月四日養子縁組届をなして、原告を移籍させ、次いで同月一八日、自己も当時の東京府豊多摩郡中野町大字中野三五九二番地に本籍を移して原告を自己の戸籍面から除去せしめる方法を取つたものであること、しかし本紹は小山五郎に対し後日原告の籍を訂正するよう依頼していたこと、小山五郎は当時学令に達しない子女三名を抱えており、原告を引取つて養育する意思はなく、原告は出生後終始実母福岡止子の許において養育されていたこと、福岡止子は原告が被告の養女として入籍されたことを知り爾来屡々被告らに対し籍を福岡止子の許に戻すよう求めたが、被告らは、原告の籍はソデから預つたものであるから応じ難いと答え、あるいは、代償金を要求するなどして、拒絶したこと、小山五郎死亡の際に原告にはなんの通知もなかつたこと、以上を認めることができ、各その方式、趣旨から真正な公文書と認め得る甲第二、第四号証と証人福岡止子の証言によれば、福岡止子は原告に福岡姓を名乗らせたいため昭和一一年三月一四日訴外山崎勝三郎夫妻に依頼し、原告を同人らの嫡出子としての虚偽の出生届をなさしめ、同月一三日付をもつて原告との養子縁組届をなして原告を自己の戸籍に入籍したこと、昭和三八年原告は山崎勝三郎夫妻の出生届にかかる身分関係並びにこれに基ずく福岡止子との養子縁組についてその訂正を求める裁判を求めたが、その際、原告は被告らとの本件養子縁組を追認する意思はない旨申し述べていること、以上を認めることができる。

以上各認定の諸事実から考えると、原告と被告及び同被告の夫小山五郎との間の養子縁組は、元来原告の嫡母ソデが、三大寺家の戸籍に庶子である原告の入籍されていることを嫌い、戸籍面上原告を除去する方法として養子縁組の方法を選んだものであり、真に原告と被告らとの間に親子関係を創設しようとする意思はなかつたものと認めるべきであり、被告及び被告の夫小山五郎もまた、原告の籍をソデから預る趣旨で養子縁組をなしたに過ぎず、原告を養育監護する意思もなければ、原告を相続人たらしめる意思もなかつたものと認めるのが相当でありこれまた事実上も法律上も真に原告との間に親子関係を持つ意思はなかつたものと認めるのが相当である。

そうとすれば、原告と被告らの養子縁組は、当事者間に真に親子関係を創設する縁組をなす意思はなく、単に戸籍面上の操作をなすための仮装の縁組といわなければならない。よつて代諾権の点について判断をなすまでもなく、本件縁組は無効のものと解すべきである。

よつて、被告らとの縁組無効確認を求める原告の本訴請求はこれを理由あるものとして認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次)

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